スペインのプロサッカーリーグ「リーガエスパニョーラ」は、世界最高峰のリーグのひとつです。世界中から技術力の高い選手が集まるリーガエスパニョーラでは、日本人選手も活躍の場を広げています。本記事では、リーガエスパニョーラでプレーする日本人選手について解説します。

リーガエスパニョーラとは?

リーガ・エスパニョーラは、スペインのプロサッカーリーグです。

正式名称は「カンペオナト・ナシオナル・デ・リーガ・デ・プリメーラ・ディヴィシオン」ですが、日本ではリーガ・エスパニョーラという呼称で浸透しています。

スペインのプロサッカーリーグは1部・2部・3部に分かれており、1部リーグの正式名称は「プリメーラ・ディビシオン」で、通称は「ラ・リーガ」です。

1部リーグには20クラブが参加しておい、シーズンを通じてホーム・アンド・アウェイ方式2回総当りで38節を戦います。

シーズン終了時点の下位3クラブが2部リーグのセグンダ・ディビシオンへ自動降格となるシステムです。

リーガエスパニョーラのシーズンは8月から翌年5月まで、試合は週末に分散して行われます。

1部リ-グにはレアル・マドリードやFCバルセロナといった欧州屈指のクラブが所属しており、週末になると国内外のサッカーファンが厚い視線を送ります。

リーガエスパニョーラは世界トップクラスのプロサッカーリーグ

リーガ・エスパニョーラは、世界で最もレベルが高いリーグのひとつ。世界5大リーグにも数えられています。

リーガエスパニョーラが世界最高峰のリーグのひとつに挙げられる理由は、以下の3つです。

  • 技術力の高さ
  • 高いポゼッション率
  • 欧州大会での実績

技術力の高さ

スペイン国内で育成された選手は技術が非常に優れており、ドリブル、パス、トラップといった基本技術のレベルが高異傾向があります。

そのため、日本人選手が適応するには技術面でも高い水準が求められます。

高いポゼッション率

スペインでは、ボールポゼッションを重視し、パスワークを駆使した攻撃がプレースタイルとなっています。

特にグアルディオラ監督がバルセロナ時代に確立した「ティキ・タカ」の影響が今もなお残っており、多くのクラブが細かいパスをつなぐスタイルを採用しています。

欧州大会での実績

欧州大会での実績もリーガ・エスパニョーラのレベルの高さを裏付ける要素です。

UEFAチャンピオンズリーグやUEFAヨーロッパリーグでは、リーガのクラブが常に上位に進出しています。

例えば、レアル・マドリードはチャンピオンズリーグ最多優勝(15回)を誇ります。

リーガ・エスパニョーラでプレーする日本人選手【2024-2025】

世界最高峰のリーガエスパニョーラで活躍するには、高い技術力が求められます。

現在久保 建英選手と浅野 拓磨選手の2名の日本人が活躍中です。

 久保 建英|レアル・ソシエダ

久保建英選手は、スペインの名門レアル・ソシエダに所属する攻撃的ミッドフィルダー

久保選手のプレーの特徴は、卓越したボールコントロールとドリブル突破、そしてパスセンスにあります。

2歳からサッカーを始めた久保選手は、小学校3年生のときに川崎フロンターレの下部組織に入団。2011年にFCバルセロナの育成組織に移籍し、大きな話題を集めます。

その後、FC東京の下部組織に移籍し、15歳のときにJリーグ史上最年少記録を塗り替えました。

2019年にレアル・マドリードへと移籍し、その後もマジョルカ、ビジャレアル、ヘタフェ、マジョルカとスペイン国内のクラブを渡り歩きます。

2022年にレアル・ソシエダへと完全移籍し、現在はクラブの主要選手として活躍中です。

浅野 拓磨|RCDマジョルカ

浅野 拓磨選手は、スピードを活かした突破力が武器のフォワード・ミッドフィルダー。

中学時代はほぼ無名の選手でしたが、サッカーの名門・三重県立四日市中央工業高等学校へ進学し主要選手として活躍。高校卒業時には、国内の複数クラブから獲得オファーが届きました。

高校卒業後にサンフレッチェ広島に入団し、Jリーグアウォーズ2015においてベストヤングプレイヤー賞を受賞しました。

2016年7月にアーセナル(イングランド)へ完全移籍が発表されますが、労働許可の問題からイングランドでのプレーは叶いませんでした。

その後ドイツやセルビアのクラブを渡り歩き、2024年7月にマジョルカに加入。現在は徐々に出場機会が増えています。

かつてリーガ・エスパニョーラでプレーした日本人選手

リーガ・エスパニョーラには、これまで多くの日本人選手が挑戦しています。

この章では、かつてリーガ・エスパニョーラでプレーしていた日本人選手について解説します。

城 彰二

城彰二選手は、日本人として初めてリーガ・エスパニョーラでプレーした選手。

2000年、当時日本代表の主要選手だった城選手は、シーズン途中でバリャドリードにレンタル移籍しました。

ほぼレギュラーとして試合に出場しますが、日本代表選での負傷がきっかけで契約を見送られ、前クラブの横浜F・マリノスへ復帰しました。

西澤 明訓

日本代表としても活躍した西澤明訓選手は、2000年にエスパニョールに移籍しました。

6試合に出場しますが、大きな活躍を見せられずにシーズン終了後に退団します。

スペインでの経験を経て、日本サッカーのさらなる発展に貢献しました。

大久保 嘉人

大久保嘉人選手は、日本屈指のストライカーとして、スピードと得点力を武器に活躍した選手です。

2005年にマジョルカへ期限付き移籍し、初戦では1得点を挙げる好デビューを飾りました。

しかし、翌シーズンは思ったような活躍を見せられず、全クラブのセレッソ大阪へと復帰します。

中村 俊輔

日本代表としても活躍した中村俊輔選手は、高精度のフリーキックと卓越したパスセンスを持つミッドフィルダー。

横浜F・マリノスやレッジーナ(セリエA)を経て、2009年にエスパニョールへ移籍。しかし、言語の壁やフィジカルの違いに苦しみ、リーグ戦の出場機会が限られてしまいます。

その後Jリーグへ復帰し、2022年に現役を引退するまで長きに渡って第一線で活躍し続けました。

家長 昭博

家長昭博選手は、2010年にJリーグのセレッソ大阪からマジョルカへ移籍しました。

しかし、公式戦出場機会は限られ、シーズン終了後に日本へ帰国。2013年7月には約1年半ぶりにマジョルカに復帰し、リーグ戦7試合に出場しています。

指宿 洋史

指宿洋史選手はスペインの下部リーグからキャリアをスタートさせ、2011年7月にセビージャFCへと移籍しました。

3部相当のセビージャ・アトレティコでプレーすることになりますが、翌年にはトップチームでのデビューを果たします。

ハーフナー・マイク

日本代表経験もあるハーフナー・マイク選手は、2014年7月にコルドバに完全移籍。

高さを活かしたプレースタイルが特徴でしたが、スペインのスタイルに順応するのは難しく、その後の活躍の場はフィンランド、オランダ、Jリーグとなりました。

乾 貴史

乾貴史選手は、リーガ・エスパニョーラで最も成功した日本人選手の1人。

特にエイバル時代には、日本人として初めてバルセロナから得点を奪うなど大きな結果を残しています。

その後もリーガエスパニョーラでプレーし、Jリーグに復帰しました。

清武 弘嗣

清武弘嗣選手は、2016年にスペインの名門セビージャFCへ移籍しました。

序盤は出場機会を得たものの、シーズン通して出場することはできず、1シーズンで戦力外通告を受けます。その後Jリーグへ復帰しますが、清武選手のリーガでの挑戦は日本人選手の可能性を広げたものになりました。

柴崎 岳

柴崎岳選手は2017年、クラブ・ワールドカップでの活躍をきっかけにスペインへ移籍しています。

2部リーグのCDテネリフェでは昇格プレーオフで印象的なプレーを見せ、その後ヘタフェやデポルティーボ・ラ・コルーニャでもプレーしました。

岡崎 慎司

岡崎慎司選手は清水エスパルスで活躍後、ブンデスリーガやプレミアリーグを経て、2019年にマラガCFに入団しました。

しかしクラブの諸事情で選手登録ができず、同年SDウエスカに入団します。

フィジカルの強さと豊富な運動量を武器に活躍し、初年度にはファン・サポーターが選ぶクラブ年間最優秀選手に選出されました。

武藤 嘉紀

武藤嘉紀はFC東京で活躍後、ブンデスリーガやプレミアリーグを経て、2020年にSDエイバルに期限付きで移籍しています。

第11節のレアル・ベティス戦でゴールを決め、ヨーロッパ3リーグでゴールを奪った初の日本人選手として注目されました。

リーガ・エスパニョーラで活躍する日本人選手を応援しよう

リーガ・エスパニョーラは、世界トップクラスの技術と戦術が求められるリーグです。

これまで多くの日本人選手がこのリーグに挑戦し、それぞれのスタイルで活躍してきました。

現在プレーしている久保選手や浅野選手も、厳しい競争の中で存在感を示しています。

海外サッカーに関心がある方は、ぜひ彼らの成長を見守りましょう。